相澤謙一郎ブログ「22世紀にのこる ものつくりを志して!」

相澤謙一郎の理念  一、無から有を生みだす。 一、顧客の笑顔=商品の付加価値=利益 一、世のため人のためになる事をする。それ以外はしない。 一、変化を恐れない改革者であり続ける。 一、従業員はもとより、家族、親族、近隣住民を大切にし、彼等から信頼される企業となり、人となる。

2005年05月

2005年5月月次所感

広告販促課旗揚げから早二ヶ月が過ぎた。準備段階から考えると半年が経過した事になる。
営業活動、社内研修を交えながら、WEB、モバイルのメディア展開案、販売案などを提案してきた。ある時は提案が会社に受け入れられず、悪癖の癇癪を起こしそうになった。しかしながら、本日、モバイルメディアに関する提案書を書き上げてみて、半年前の自分には全くなかった知識、情報が継続的に収集できる仕組みが作れた事に、改めて会社に感謝しなくてはならないと思った。

メディア開発とともに同時進行で進んでいる提携案件、新規顧客開拓のための営業活動も、来月以降、進行方法などでコツを掴みつつあるので、少し光明が見えてきそうだ。

広告販促課は部長を除けば、私も含め2名体制という極小勢力である。それだけになかなか社内でのチームとしての存在意義やコンセンサスをはかるのが自然と難しくなる現状の中、メンバーが率先して仕事を見つけ、行動してくれる事は頼もしくもあり、たいしたものだと思う。今後も初心を忘れずに、個々の目標達成のため、チームの目標達成のため日々邁進していく所存だ。

ボブマーレー

ボブマーレー.jpg飲み屋の壁にボブを見つけた。

酒を飲みながらふと故郷を思い出したりして、肴にするのは酒飲みの悪癖だろうか。横須賀では馴染みの飲み屋でも、中学生の頃から通っていた古着屋でも、ビーチに行ってもノーウーマンノークライは流れていた。

当時、毎年オアシスで開催されていたボブマーレーソングスデイというボブマーレー生演奏カラオケ大会では、何度か彼の曲を演奏した。彼の曲は聴いても、唄っても、演奏しても、あったかさが伝わってきて心地よい。


フルレンジテーブル

フルレンジテーブル.jpg根岸から根津方面に言問い通りを真っ直ぐ行き、芸大、上野公園方面に向かう道を左に曲がった所にあるフルレンジテーブル(Full Length Table)。少し前まで空きテントだった所で、オープン後初めて昼飯を食べに行った。サラダ、ドリンク付きのランチは、価格もお手頃で美味しかった。
そつの無い内装、什器類が揃っており、多分誰でも落ち付けるお店。ファイアーキングのマグカップ(タイガー使用)が売り物なのか確認していなが、飾ってあった。

帰りに近くの雑貨屋「EXPO」に寄ったら、ここでもファイアーキングのグラタン皿が誇りまみれになりながら、居た。入り口からすぐの、一番左の棚、店奥方面の下段に。

カレーの街よこすか

カレーの街よこすか.jpg所用があり、実家の横須賀に戻った。横須賀駅に見慣れない生物を発見した。スカレー君なのか?
横須賀の「すか」と、行政ぐるみで名物にしようとしている「よこすか海軍カレー」をもじったのだろう。こんな愚劣過ぎる偶像を平気で立てる行政力の恐ろしさを肌身に感じる。

俄かに騒がれている「よこすか海軍カレー」だが、「黒船シチュー」なるものも、ペリー来航の地、ここ横須賀にあるのはあまり知られていない。

寺崎太郎

神奈川新聞.jpg母方の曾祖父、寺崎太郎の記事が本日の神奈川新聞に掲載。

この国の座標
憲法誕生とその時代

吉田外相に弟を推薦 宮内省御用掛

外科医の叔父、平から原爆の話を聞いたのは終戦後間もなくだったとマリコ・テラサキ・ミラーは記憶している。一家は東京に戻っていた。
1945年8月6日、原爆投下直後の広島に平は医師団の一人として入った。平の話にはぞっとしたが、むしろ父、寺崎英成のうつろな表情の方が子供心に焼き付いた。
寺崎は慢性的な高血圧のため外務省を休職、脳出血で倒れる。日米開戦への自責の念が心身をむしばんだ。
昭和天皇への大統領親電工作に協力したスタンリー・ジョーンズの「あなたは最善を尽くした」という手紙を、寺崎は擦り切れるまで財布に入れ持ち歩いていた。

「奇妙な偶然ですが…上の兄弟二人が懸命に防ごうとした戦争の結果を末の弟が見たんです。」とマリコは言う。
その名前は開戦前夜、在来日本大使館と外務省との間の電話で日米交渉での米側反応を示す暗号に使われた。マリコが「元気」なら良好、逆は「病気」になった。
発案したのは、寺崎の兄で当時外務省アメリカ局長の太郎だった。「けんか太郎」と呼ばれ。日独伊三国同盟を推進した外相松岡洋右が日米交渉の中身をドイツに内報すると言い出した時には「ヒトラーと取引でもしたんですか」と食ってかかった。
「枢軸派」全盛の外務省で対米開戦反対の声を上げ、41年10月の東条英機内閣発足とともに辞職。戦後は外務次官に抜てきされたが、首相吉田茂と衝突して、また外務省を飛び出す。続きを読む

ぱどタウンマガジン横浜版

ぱどタウンマガジン横浜版.jpg2005年5月27日ぱどタウンマガジン横浜版が創刊される。

東日本では弊社初の街頭ラック置き型のフリーペーパー創刊となる。
街頭ラック置き型のフリーペーパーは2001年ホットペッパー創刊とともに世に溢れる様になり、今では多くのフリーペーパーが駅や街中で見受けられ、景色の一部となりつつある。続きを読む

ぱどMO

ぱどタウンマガジン浜松.jpg2005年5月27日12時より弊社のモバイルメディア「ぱどMO」の試験運用がぱどタウンマガジン浜松版リニューアルとともスタートする。

ぱどタウンマガジン掲載の店舗情報にQRコードが掲載されており、店舗情報をブックマートでお気に入り登録する事で、モバイルメディア「ぱどMO」にていつでも店舗情報(地図付き)、クーポンなどを取り出せる事ができる仕組みだ。続きを読む

引きこもり会社員

本日はめずらしく一日中会社(本社勤務)にいた。平素、ほとんど外に出ていて会社にいる事すらあまり無いので、稀な一日であった。

たまっていた事務作業、各部署への連絡、上司への報告など朝イチまとめ、午前中は会議。遅めの昼食は吉野家で早めに済ませ、家賃を振込み(昔から家賃を振り込むとき、損をした気分になる)、定期を更新する。

午後からは来月の社内研修の日程調整、資料輪転、新入社員向け研修のリリース、他社メディアチェックに費やし、日が暮れた。事務仕事や社内連絡事項が済み、気分的にはすっきりしたが、ひたすらの外廻り営業が長かったせいか一日中、会社にいるとなんだか仕事をしたー!っていう気にならなかったりするものだ。
 
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ライブドアデパート

本日の日経流通新聞によると、インターネットショッピングモール「ライブドアデパート」の店舗数が6月にも1万店舗に達するとの事。ECモール最王手の楽天市場の店舗数(11,800店舗)に並ぶ勢いだ。

流通総額は大きく下回るものの、ECモール立ち上げから僅か1年で、創業からECモール事業を本業としている楽天に追いつく事だできたのか。また、ヤフーショッピングモール、キュリオシティなど先行他社はなぜ店舗数が大きく伸びなかったのか、もしくは戦略上伸ばさなかったのか。

ここ分析すると、ECモール市場のみならず、後発が先行他社との差別化、またはその差をいかに縮小していくかのポイントが見えてくるのではないか。我々も10月にモバイルメディア(ぱどMO)に参入するのだが、一事例としてこういった一連の動きをつぶさに見ていく必要がある。

後家鞘の彦六

刀身と反りの合わない鞘や、刀身と鞘を別々のものを一つにしたものを後家鞘(ごけざや)という。

幕末、宇和島藩脱藩で後家鞘の彦六と呼ばれた剣客がいた。小身の侍の六男に生まれ、程なく養子に出されるが事情あって転々と家を出され、行きついた入夫先の中村家では女房に死なれ、その後脱藩。

養家と彦六との反りの合わない風を持って後家鞘と言われたとか、生家から持ち出した刀身を養家で見つけた古鞘に、鞘の中を削り無理に押し込めていたから後家鞘と言われたなどの話がある。

諸事ありこの男、海援隊副長陸奥陽之助が、隊長坂本竜馬暗殺の復讐のための紀州藩三浦休五郎暗殺討ち入りに参加し、その類稀な居合術を披見している。

世に言う天満屋討ち入り事件だ。続きを読む

ぱど塾

今年の一月からぱど塾と勝手に名づけて、(株)ぱどの全営業所を研修で廻っている。

今月も10営業所全12回のスケジュールで営業所を行脚している。年間で150回
ほどの研修を実施する事になり、これは人生の一つの経験になりそうだ。

心がけているが、同じ内容の研修を同じテンションで実施する事。人数が多かろうが、少なかろうが、時間を裂いて来て頂いた方の貴重な時間を無駄にする事はできないのだ。

内容自体はまだまだ稚拙で、ぱども営業所が毎年増えて、各営業所がどのような取り組み、そのような想いで媒体を作っているかの情報共有がなかなか容易でなくなってきた。これは「ぱど」という共通ブランドの媒体を作っている社としては問題だと感じたので、情報共有を主眼の目的としてぱど塾を始めたのだ。

ゆくゆくは社員一人一人に高い志を持って頂けるような教材を、自分の言葉で伝えられるよう私自身、日々切磋琢磨しなけらばならない。

ドラムマン

セーラのドラムセット.jpg最近はドラムを叩くのは月1回ほどだ。ロックスターとメジャーデビューを画策していた頃とは、随分状況が変わってきているのだ。もはやメジャーデビューという言葉自体が、恐ろしく格好がつかない響きになっている。

現在は気分転換も兼ねて音楽仲間と月1回のスタジオ、2ヶ月に1回位のライブ活動…そんなローテーションでバンドを細々と続けている。

本日は、とうとうこのバンドでも手をつけ始めてしまったグレイトフルデッドのバーサをバンド新曲として音合わせ、来月の我々が十代より世話になっているウェスタナの35周年ライブに向けての曲決め、音合わせ。


グレイトフル・デッド(デラックス・エディション)

みさき

みさき.jpg今晩は、谷中銀座を抜けたよみせ通り沿いのみさきにて外食。みさきのご主人出身の岩手料理と、奥様の出身の沖縄料理が両方楽しめる酒処。
私は肴では大の刺身好きだが、ここの刺身はその辺りの居酒屋チェーン店と違い、大満足。刺し盛り三点盛りとミミガー、岩手鳥のつくねは定番。少し腹に余裕があれば締めに親子丼を頂く。これが旨い。
そんなお店だから、ついつい酒もすすんでしまう。泡盛古酒の道でいくか、日本酒の道でいくか、どちらかである。

このあたりはぱども配布されていないし、こういった隠れた名店は広告出稿とは相性が良くないのが実情なのだが、兎に角おすすめの一店である。

ぱどタウンマガジン

ぱどタウンマガジン.jpg本日は浜松営業所、静岡営業所を研修で廻る。7時6分のひかりに滑り込み、まずは浜松に向かう。

浜松では研修とともに、来週から試験運用開始する「ぱどMO」の営業進捗状況やクライアントの生の声をヒアリングしてきた。10月の本サービス開始に向けて、よりクライアント、利用者ともにユーザビリティの高いメディアにしていくつもりだ。

夜の研修は静岡営業所。東海道線は各駅停車のみなので、思いの外、静岡市は遠い。先日、部長に紹介頂いた本でも読みながら、移動しよう。


経営はロマンだ! 私の履歴書・小倉昌男

ぱどMO

弊社が5月27日から浜松で運用開始するモバイルサイトぱどMOが相次いで新聞紙上で掲載された。


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指切り源蔵

幕末、上州に「指切り源蔵」と呼ばれる博徒あがりの剣客がいた。一伝流の免許をもつ博徒は、上州ひろしといえこの細野源蔵くらいのものだったと言う。(後に北辰一刀流の門徒となる)
立ち合うとまず相手の右手の親指を砕いてしまう「指切り」という工夫を重ねた精妙な剣技で、幾人もの人を殺めてきた。

その「指切り」は源蔵自伝の剣技であるが、その発端は博徒時代、阿呆な子分に後ろから切りつけられた。一身をかわしたが、剣を抜く間が無く、咄嗟に相手の睾丸を蹴り上げ道沿いの田の中に突き落とした。源蔵がとどめに子分を切ろうと田へ飛び降りようとしたが、どうにも剣を繰り出せぬ。その内、子分はホウホウの体で逃げていった。

旅籠に帰って調べると、揉み合った時、右手の親指と人差し指の間が深く切り込まれ親指が全く利かなくなっていた事に気づいた。これぞ「指切り」を自伝した時で、たった一本の親指が利かないだけで刀も振れないという不思議を知ったという。

企業の社会的存在意義が問われている現代、我々も親指を落すような怪我をしないよう日々、気を引き締めなくてはならないのだ。

親指一本で簡単に企業も飛んでしまう。


北斗の人

ぱどMO

5月17日の日経新聞に弊社の新らしいモバイルメディアぱどMOの記事が掲載された。

『ぱど飲食店情報、携帯で無料で提供 ぱどが発行する該当設置型の無料情報誌「ぱどタウンマガジン」と連動。広告契約を結んだ店舗については誌面上でQRコードを掲載し、携帯電話で読み取れば自動的に簡易ホームページにつながる仕組み。』とある。

5月27日より浜松にて試験運用を開始、全国での本格展開も予定している。

株式会社ぱどIRニュース
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纏.jpg本日は船橋営業所に直行し研修。私の席がある横浜本社(桜木町)より近く電車も空いていて快適。本社に戻り、来客2社と打ち合わせ1件を済ませ、本日の業務は終了。
夕食は、野毛の すし処纏にて。ぱどでは上層部がしばしば行く店。4月に少し顔を出した時もそうだったが、愛想のない給仕の接客には鼻持ちならないものがある。要領を得ないのか、我々の質問の仕方が悪いのか、声をかけてもなかなか返事をしないのだ。味は中程度で我々も満足していて、度々足を運んでいるのだから、せめて気に障らない程度の接客をして欲しいと願うのだった。

接客も営業も人としての「思いやり」が大切だと改めて自戒した。

芋甚

芋甚.jpg根津二丁目の甘味店。根岸から上野桜木方面に不忍の岡を上り、谷中の坂を下ると根津、千駄木界隈に出る。
昨日まで出張だったので、今日一日で洗濯などの家事と心身の休息をする日にしよう。午前中に家事を済ませ、昼は自転車で根津まで赴き、蕎麦屋で蕎麦豆腐を肴に一杯はじめる。蕎麦を頂いた後、子供染みた買い食いの如く芋甚の小倉アイスモナカをかじる。1個110円也。
帰宅後、昼寝…。

元三島神社

元三島神社舞台.jpg二日間の大阪出張から帰り、鶯谷駅から降りるとお囃子の音頭に露店も軒を連ねている。昨日と本日は神田明神をはじめ、この界隈はお祭りなのだ。
お囃子に誘われて鶯谷北口を降りて、言問い通り手前を右折、ラブホ街の真ん中にある元三島神社境内に行くと、神楽が催されていた。久しぶりの舞台での舞を見た。
元三島神社近隣の駐車場なども露店が犇き、祭り男に祭り女、ホテトルも客引きも老若男女入り乱れた祭りの光景に俄かに困惑した。

営業リーダー合宿二日目

2005年営業リーダー合宿プレゼン.jpg今回の合宿の集大成とも言える事業計画書発表直前!カメラもまわってます。
ケータイで写真とる余裕があったので、緊張は特になかったと思う。衛星都市の美容室向けの既存メディアに付加する新商品の事業計画発表が私の担当だ。私の主意としては、我々の本業でもある紙メディアとWEBメディア、モバイルメディアなどの情報をクライアントが簡便な顧客管理とあわせた形で一元管理し、メディア側としては、一元管理した情報を、二次利用、三次利用する事により収益を倍増させるモデルを構築していきたいと考えている。
私の主意が通るか否か、発言せず後からブーブー文句を言うのは嫌いなので、意思表示だけは心置きなくする。

営業リーダー合宿二日目

2005-0514-1145.jpg営業リーダー合宿二日目。酒宴で自制したものの、昨晩、新地の餃子屋で30個程平らげたので、胃が重かった。
昨日に引き続き、グループ毎に事業計画書、営業販促ツールの雛形作成、営業ロープレの準備を午後のプレゼンに向け作成。会社も職分も違うメンバーであったが、そこは長年営業で培われた(皆、大先輩。私は下から数えて二番目。)コミュニケーション能力を発揮し、完成。ロープレは湘南版のリーダーと北摂東版のリーダーが発表する。東西折衷の漫才風、意気のあったロープレに仕上がった。(このお二方きっと昨晩、一緒に痛飲したのかな?息がピッタリ)

営業リーダー合宿

営業リーダー合宿初日.jpg本日から新大阪にて全国ぱどグループの営業リーダー合宿。グループ全体の各事業、各メディアの現状確認、今後の施策、新しいメディアの検討などを二日間にかけて行う。
初日は現状確認を踏まえた上、クライアント業種毎のチーム分け後、各チームで新しい取り組みに向けての検討開始。私は衛星都市を想定した美容室業界チームに割り当てられた。明日の事業計画発表に向け、何分時給の高い社員が集まっているだけに、寸刻たりとも無駄にできない合宿の本格スタートだ。

夜まで続いたミーティング終了後は、第3事業部部長の乾杯の挨拶を皮切りに懇親会。食べに食べ、話に話し、飲みすぎる事無く明日のプレゼンに向け、早寝した。

ぱどタウンマガジン横浜版創刊

本日5月12日の日経新聞に5月27日創刊の「ぱどタウンマガジン横浜版」創刊の記事が掲載された。「主力の宅配型無料情報誌が首都圏中心部をほぼカバーできたため、ラック型を新たな収入源に育てる」「横浜を手始めに競合他社を追撃する。」とある。メディア、市場の期待は勿論だが、何よりも広告主様の商売繁盛、読者様の生活のお役に立てる媒体に成長させていければと思う。

詳細は弊社ホームページIRニュースを参照下さい。
蛇足までに「相澤がぱどを通じてやりたい事」
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FRYDAY

FRYDAY5月27日号.jpg「FRYDAY」5月27日号にぱどが紹介されている。
「復配」「初配当」が予想される銘柄20との事だったが、弊社はすでに配当実施に関する発表はしている。内容は「復配」&「初配当」の株がオススメという事だ。

株主様のために業績・利益向上を図るのは企業存続の条件である。また我々メディア業界の側面としては広告主様、読者様のメディアに対する高い満足度も欠かせない要件である。利益と満足度の適切なバランスが大切なのであろう。
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清原和博

清原が怒った。
昨日のプロ野球交流戦、巨人−オリックスでオリックス守護神・山口の147キロの直球が清原の頭部をもろに直撃した。殺気をみなぎらせヘルメットを叩きつけると、悪鬼の形相でずんずんと山口を殴らんばかりにむかっていった。
大乱闘にはならなかったが、清原の気合がジャイアンツベンチに乗り移ったのか、負け試合と思われた試合を同点引き分けに持ち込んだのだ。私が山口投手だったら、あの清原の悪鬼顔を見た途端、俊敏に逃げ出す。「逃げるも八卦」であり、やりあってもあの清原には適わないと判断するからだ。

どうしようもない話だが、幼少の頃よりの素行・態度の悪さから、トラブルメーカーになる機会もあり、乱闘に遭遇する事が間々あった。(現在はこんな事をしたら、失礼だと分かる事はしない。)そんな中、自信があるのが逃げ足の早さである。形勢不利と見るや、兎に角一目散にあらゆる手段を使って逃げる。逃げられた側の悔しさはひとしおで、心理状況的ではまさに「逃げるが勝ち」なのだ。

当時を思い出し実感するのは、孫子の兵法に名高い「己を知り、敵を知れば百戦危うからず」という格言だ。敵の力量、数的劣勢、心理状況を瞬時に判断し、この戦が物理的に勝てないと判断した場合「戦わない」選択をすれば負けないのであり、心理的には勝てる場合もあるのだ。その裏も然りで、勝てる戦と判断するためには、やはり己を知り、敵を知る事が不可欠なのだ。


新訂 孫子

平岡円四郎

平岡円四郎は、文政5年生まれ、徳川家旗本平岡家養子。嘉永6年に慶喜(後の15代将軍徳川慶喜)の近侍となる。文久3年、現代で言う派遣スタッフという形で直参の家臣を持たない一橋家用人に。

慶喜の股肱の臣と評された。続きを読む

三陽

山陽.jpg「毛沢東のビックリ」などのキャッチーな看板でお馴染みの三陽にラーメンを食べに行った。山陽は私がぱど入社当時は野毛・桜木町界隈の会社に弁当の訪問販売をしていて、私もたまに買っていた。時折、固めの唐揚げも混じっていた。やっぱり店舗に行った方が断然旨いのだ。
その当時の訪販していた店員が今日も健在で厨房にいた。店に入り立ちながらメニューを見ていると、よっぽど邪魔だったのか「こちらにどうぞ!」と着席をせっつかれ、兎に角頭から押し付けられるのが大嫌いな私は「了解っ!了解っ!」と渋々着座した。
メニューを見ても意味がないのがいつも注文するラーメンは「スタミナラーメン」と決まっている。(※実際スタミナラーメンはメニューの存在していない。「それは○○ラーメンね」と注意されるのだ。)豚、ニラ、モヤシたっぷりのラーメンは白飯のオカズにもぴったりで、腹も心も満たされ、いつもの間にか横柄な店員の態度も忘れ「ご馳走さん!」と帰っていくのだ。

埼玉ダービー

ウェストサイドストリート.jpg連休明け初日は大宮の埼玉営業所に出社。午前中、研修を実施。
写真は大宮駅東口のウェストサイドストリート。埼玉初の上場企業株式会社ハイディ日高さんの「来来軒」や、埼玉では有名な回転寿司「がってん寿司」(株式会社RDC)、ぱどでもお世話になっているカラオケ店「ジョイサウンド」などが並ぶ、目抜け通りだ。私はいずれの店舗も営業でアプローチし、一社たりとも受注できなかったが、1年前入社数ヶ月の新入社員が続々と大宮界隈の店舗を受注し始めた。改めて営業に年令や経験以外の重要な側面がある事を思い知らされた時期である。

午後から池袋営業所で事務作業と打ち合わせ。夕方は株式会社西埼玉ぱど所沢営業所にて勉強会。大宮〜所沢と池袋経由で埼玉を半周した一日だった。

走水神社

横須賀市走水の走水神社は、私の実家から家二件という所なので幼少の頃からの遊び場だ。
走水神社

走水神社には日本武尊(やまとたけるのみこと)の夫人、弟橘姫(おとたちばなひめ)が祭られている。

日本武尊が草薙の剣を擁し、上総の国(千葉県)に征討に赴いた所、嵐に遭遇した。海神の怒りを鎮めるため弟橘姫が自ら入水したと日本書紀にある。
そして走水港に姫の櫛が流れ着いたと言う伝承が残っている。

弟橘姫.jpg走水神社碑.jpg

↑こちらは弟橘姫を祀る碑。

右の碑は明治の末に、東郷元帥、乃木将軍ら日露戦争の主将らが建てたものである。

しょっつるとき

しょっつるとき.jpg根岸の住宅街、住宅と住宅の路地のドンツキにある居酒屋。提灯の奥深くに少し見えるのが玄関口。一見さんがこの店を見つけるのは、非常に難しいだろう。しょっつる風鍋やきりたんぼが出る店らしい。しょっつる風たるものが何なのか、私はまだ当店にデビューしていないので分からない。
根岸界隈には、ひっそりと佇む料亭や居酒屋が多い。少しずつ開拓していこうと思う。
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お知らせ
1.記載されている内容は、株式会社ぱど、ならびにぱど関連会社の考え方ではなく、あくまで相澤謙一郎の個人的見解によるものです。なお相澤謙一郎は2008年6月30日をもって株式会社ぱどを退職しております。

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