相澤謙一郎の起業史 6[19歳 はじめての起業]の続きです。

私は新入社員や部下に、京セラ稲盛名誉会長の仰る考え方の大切さを繰り返し伝えています。しかし高校時代の私の考え方は、大きくマイナスに振れていました。

[中途入社研修]
http://aizawa.livedoor.biz/archives/50697406.html

へそ曲がりのひねくれ者です。

私は高圧的な態度や、上からものを言うような態度に生理的な嫌悪感を激しく抱いていました。年の上下や状況も考えず、そういう人には徹底的に反発するのです。

ある日、某強豪高校の不良ハンドボーラーに練習試合中に因縁を付けられました。不良にかこつけて人を脅迫しようとする態度は断じて許せません。スポーツマンとしてあるまじき行為です。私は接触プレイ中に、マテラッツィさながらの侮辱発言で対抗したのです。無論、私もスポーツマン失格です。

不良少年には導火線がありません。彼は試合の事も忘れ、私に殴りかかってきました。

このようなトラブルは実際、何度かありました。私はトラブルを回避する自信があった事も事実です。実戦空手や授業での柔道の経験もありますし、駆け足と持久力には相当な自信がありました。つまり逃げるが勝ちという寸法です。

この不良少年に対しても、私は全力疾走で対抗です。あえなく彼は私にジダンさながらの一撃を加える事なく、審判やら顧問やらに取り押さえられました。※一流(ジダン)と素人(不良少年)の差ですね。

完全勝利!

と言いたいところですが、不良少年の執念深さを皆さん、ご存知でしょうか。報復するまで彼らは諦めません。報復が報復を呼び、恨みが恨みを生む。生産性の無い話ですが、これは人間の性なのかもしれません。

彼らはチーム一丸となって復讐にやってきました。丁度、茨城での強化合宿中でしたから、彼らは私達が激しい練習に疲れ果て、眠りこけている頃合を見計らい襲ってきたのです。

この夜襲には驚きました。

一番の驚きは、朝起きるまでこの夜襲事件に私自身、全く気が付かなかった事です。私は朝起きると、弁当の生ゴミなどが散乱しているので、後輩を叱ったのですが、まさか私が原因で夜襲を受けていたとは思いません。事実を聞いて、笑い転げました。

合宿は続きますが、それ以降、目立った報復攻撃はありませんでした。もしかしたら、彼らはちょっとした優越感に浸っていたのかもしれません。「俺はお前らが奇襲した時寝てて、朝起きるまで知らなかったぞ。痛くも痒くもないぞ。」と言う意欲は私に全くありません。結構、さっぱりした性格なのかもしれません。


私の十代は、こういったくだらないエピソードが収拾がつかない散らかったままの状態で続いていくのです。

よく「レールに乗った人生」という言葉を聞いたり、評論があります。私はレールから外れる事が苦手です。ひねくれながらも標準的な人生設計のため、浅知恵を駆使して人生の岐路に対応していくのです。